「抑圧」を「弱者貶め型」と「強さ強要型」に分けてみる。そして後者に対して弱者は、弱者であることに開き直るべきだと思う
【イイネ!(・∀・)】
・イケメンは女性に優しい。(非モテにまつわる抑圧の話)
・女性専用車両に乗れない“恋愛強者”たち
このへんの記事を読んで。どちらもいいトコ突いている良記事だと思う。ナツさんの記事はパッと見、「現代はむしろ女性優遇社会じゃね?」というParis713さんの意見への反論のようにも見えるけど、論旨は↓の部分だと読み取った。
| http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2006/1227210145.php こうなると、男性と女性、どちらの抑圧が強いかというのは水掛け論にしかならない。性別や年齢や個人の実感によって様々という話になって終わりだろう。 一人勝ちしているのは抑圧など歯牙にもかけないモテ女とモテ男だけであり、それ以外の男女は、多かれ少なかれレッテル貼りや、それによるプレッシャーに苦しんで生きていると言える。 性的視線に晒されて抑圧された女性は、性的視線に晒されなくなることによっても抑圧される。 「強者である」ことと、「強者であると見なされる」ことは違う。 |
激しく同意。ジェンダー学は、そもそも「フェミニズム」「メンズリブ」と分れていることがおかしくて、「ジェンダリズム」とかに改名して、男女関係なくジェンダー規範の圧力を問題にすべきだと思うのですよ、僕は*1。「男VS女」じゃなくて、「規範適応者VS非(不)規範適応者」。前も同じこと書いたけど。
【この図式で『主張』を行うことの困難】
でも、実際この「規範適応者VS非(不)規範適応者」の図式で「主張」を行おうとすると、色々厄介な問題が生まれてくるとも思うのですよ。そもそも「社会規範」自体がある種の「正義」として働いているので、「非(不)規範適応者」の立場からモノを言うということに正当性を持たせることが、まず難しい。
僕が思うに、「抑圧」には社会制度や慣習の影響で弱者に貶められる「弱者貶め型」と、「強者で当然」という「強さ強要型」のふたつのタイプがあるんじゃないかと。
このうち前者を主張するのは「権利拡大を訴える」というポジティブな主張になるから、比較的共感も得やすい。でも後者は「権利を行使したくない」もっと強く言えば「社会に沿えない/沿いたくない」という、ネガティブな主張になってしまう。これが規範を正義とする側からは「甘え」と取られる。
こういった理由から、これまでジェンダーの活動は、専ら前者のポジティブな側面を全面に出して活動してきているように見える。たとえばフェミニズム的な「女性にも参政権を」「女性にも社会進出を」や、メンズリブ的な「主夫になってもいいじゃないか」は、ポジティブな主張といえる。まとめると、↓みたいな感じ。
| 弱者貶め型 | ・女性には参政権がない ・男性が主夫をすることに対する偏見 | ~したい ポジティブ |
|---|---|---|
| 強者強要型 | ・男/女は ~して、できて当然 | ~したくない/できない ネガティブ←甘え! |
でも今回言われている「強者と見なされているゆえ、それに乗れないことに対する抑圧」は、「社会規範(正義)」の面からもの凄く批判され易い。「強者強要型」の主張をしたフェミニストに対して「モテないブス女の僻みだ」とか、メンズリブの人に対して「会社に居場所がない連中が逃げてる」とかいう批判は、簡単にできるだろう。
otsune 「女は年取ると恋愛弱者」って大雑把だな。単にそう言う事言っている人が「私が恋愛弱者なのは歳をとったからだ」と責任転嫁しているだけじゃね |
そしてこれまでジェンダー論をやってきた人達は、こういった言説に対抗するために、あれこれ理論武装してきたんじゃないかと感じられる。
でも、「強さ強要」タイプの抑圧に対抗するためには、このやり方じゃぁダメなんじゃないか。むしろ、「私はブスなので、恋愛強者になれません。でも、それがなにか?」とか、「俺はダメ社員で仕事ができないので、金も地位もありません。でも、それがなにか?」とか、積極的に弱者であることを開き直る方向に行くべきなんじゃないかと思う。
だって、「男らしさ規範」にしろ「女らしさ規範」にしろ、屁とも思わず乗りこなしていく男女はいるわけで、そういう人間に比べたら、事実圧倒的に「負けてて弱い」わけですよ、フェミニストにしろメンズリブな人にしろ。「社会規範」をものさしに計った場合。
だからそこはもう、負けを認めちゃったほうがいい。自分の弱さを正当化するために、わざわざポジティブな理論を構築する必要なんてない。
そんな不利なルールのクソゲー、俺はプレイする気はありません。正当性なんざクソ食らえ。「負けたけど、だから何?」これですよ。「弱くていいじゃないか。ダメ人間だもの」。
最近の弱者男性(非モテ)の中には、革命という反社会な方向性に行く人もいるようですが、僕はこの「脱社会路線」でいきたいですね。ラクチンだし。
*1 ……てなことを別館でも書いてたら、クィアがそれだよと指摘を受けました。ありがとうございます。
*2 【追記 2006.12/29 AM 10:00】 コメント欄でotsuneさんから、この引用は誤読だとの指摘がありました。この文脈で僕は、otsuneさんの発言を「それは甘えだ」という高齢女性への批判として解釈していますが、otsuneさんの意図は「高齢女性にも恋愛強者はいるよ。高齢女性=恋愛弱者だというのはMasaoの思い込みだよ」というMasaoへの指摘である、とのことです。30歳やマダム層のほうが恋愛概念において好印象な文化を持つところもある、と。この意図の発言をここで引用することはふさわしくないので訂正します。詳しくは、コメント欄をご覧ください。
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コメント
>「会社に居場所がない連中が逃げてる」とかいう批判は、簡単にできるだろう。たとえば↓のotuneさんの発言は、その典型といえる。
Masaoさんは人の発言を文脈を無視して明後日の方向に解釈するのが芸風ですが、さすがにこれは最低の行為ですね。
私はめったに「怒り」という感情を感じた記憶がありませんが、ひさしぶりにこれにはあきれ果てました。
抗議します。
もちろん少ない文字数のブックマークコメントで説明しきれないことを、別の視点で誤解したということなのでMasaoさんに責任はないとも思います。だからもし追加説明で私のコメント文脈の解釈が修正されれば、それを訂正して貰えればかまいません。(同時に「いや。その説明では納得できない。俺はこれこれこういう理由でb:otsuneのコメントを解釈している」と言うのも当然自由です。言うまでもないですが)
元記事は
http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20061228/1167235936
「歳取ったおばちゃんは、恋愛市場では超悲惨だよというお話。これは正しいと思う」
に対してツッコミを入れた物です。
私の廻りでは還暦に近いいわゆる「おばちゃん」なのに、恋愛弱者とはとても言えないという人を観測したりしています。
もちろん話の前提として「社会の大多数の傾向」を話していて、ごくわずかな例外は除外しているというのが当然だとは思いますが。
たとえ話でいうとd:Masao_hateでは、「魚座は交通事故率が高い傾向が有る→魚座は運転弱者だ」というエセ科学にありがちな飛躍が有ると思います。
「おばちゃんには恋愛的魅力が無い/弱い」というのは(たぶんMasaoさんのほうが普段論じているでしょうから詳しいでしょうが)作られて偏ったイメージから来る物だと思います。
だからMasaoさんの感覚は「私は年を取った女で恋愛弱者だ。その理由はおばちゃんだからだ」と責任転嫁している発言に影響された思い込みだと私は考えています。それがあのコメントです。
ティーンや20歳前半よりも30歳やマダム層のほうが恋愛概念において好印象な文化を持つところを観測していないだけなのでは? と考えているという事です。
投稿: otsune | 2006年12月29日 (金) 01時29分
>otsuneさん
了解しました。
おっしゃることに異論はないので、追記として記事の補足・訂正を行いました。
まだ誤読等残っているようであれば、ご指摘ください。
投稿: Masao | 2006年12月29日 (金) 09時43分