「平等」を実践するための、たったふたつの方法。そして対立概念としての「愛」。 ~真説 ザ・ワールド・イズ・マイン~
【真説 ザ・ワールド・イズ・マイン】
※ 完全ネタバレ注意。
真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 |
愛と平等は、相反する概念である。なぜなら愛とは、その愛する相手を特別扱いし特権化することであり、「愛する人」と「その他の人」の間に格差を作ることそのものだから。これは非モテ界隈で数年議論に関わってきて、僕が学んだ真理のひとつ。
そんなことを考えながら、「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」4巻~5巻に登場する、三人の警部の物語を読んだ。「ザ・ワールド・イズ・マイン」は非常に複雑な作品で様々なテーマが絡み合っているが、僕が特に興味を引かれたのは、この三人の物語だった。
【「人権派」塩見、「感情人間」薬師寺、「合理主義者」須賀原】
この作品には、「塩見純一」「薬師寺喜治」「須賀原譲二」という、三人の異なった個性を持つ警部が登場する。
・塩見はヒューマニズムに溢れた人権派。
・薬師寺は直情的な感情人間*1。
・須賀原は冷徹な合理主義者。
三人は、作中でこのように描かれる。彼等は、凶悪無差別殺人犯として全国手配された「トシ」と「モン」(以下『トシモン』)を追いかけている。
ある日、秋田市街にトシモンが現れ、住民に向け無差別射撃。無差別大量殺人が行われる。トシモンには同行する女(阿倍野マリア)がおり、彼女が人質なのか、あるいはトシモンの仲間なのか、警察側にはハッキリとはわからない。そんな状況の中、指揮官である須賀原は、ある命令を下す。
「私の責任の元に命ずる。(トシモンを)瞬時!射殺せよ!」
現場でトシモンの虐殺を目の当たりにし、怒りに震える感情人間薬師寺は、この命令を承諾。ヘリを使った空からのスナイプを計画する。
しかし、トシモンを狙撃するためにはどうしても女が邪魔になる。須賀原の命令は、要は「人質は無視しろ。殺しても構わない」ということだ。大量殺人犯を捕らえるためとはいえ、人質を危険にさらす作戦を警察が自ら進んでとることに問題はないのか?人権派塩見は、合理主義者須賀原に向かい叫ぶ。
| 塩見:「けっ警察は殺し屋ではねぇっす!殺して済むンだば警察いらねぇっス!『守るべき命と葬るべき命の選択』してはならねぇっス!正解なぎ問いを考えぬいでこそ人間ではないか!?」*2 |
しかし、須賀原はこの言葉に耳を貸さない。薬師寺も止まらない。スナイプに向かおうとする薬師寺に、塩見は問う。
| 塩見:「ひっ人質が補佐(薬師寺のこと)の娘さんでも殺すどおっしゃいますか!?」 |
薬師寺は応える。
| 薬師寺:「ナァオっ!!(NO!!)殺すわけねぇだろ誰が撃たすかよ、俺の娘だぞ。だが…幸いにして人質は俺の娘じゃ…ねぇんだ!こりゃ警察の…キャリアの…ピッカピカの特権だ」 薬師寺:「ハンパ…なんだよ。貴様はビクビクと人質を見限る理由を捜すバカだ。ハンパな知恵で屁理屈こねくりまわす舶来のバカ!もう一人のバカが言ってたろ。問題は命じゃねえ。社会と個人、どっちか選べってよ」 薬師寺:「集団・社会・国家・世界を統べる者たちも転覆を計る奴らも、必要なら殺す、知恵ある者はみんな殺してきたんだよ。殺すってのは倫理じゃねぇ…覚悟だ」 薬師寺:「もう一人のバカ須賀原、あいつは即答する。『娘であっても殺せ』とな…」 |
【「愛」「平等」そして「ヒューマニズム」】
薬師寺は、塩見に足りないものは「覚悟」だと言う。そして事実、須賀原の「覚悟」は半端なものではない。これは、トシモン捕獲作戦失敗の記者会見会場において、「人権を差別せよ。ヒューマニズムを差別せよ。社会と個人を秤にかけたとき、民主主義は迷わず社会を選択せねばならない」と言い残し、平然とした顔で公衆の面前で自殺するというエピソードにも現れている。
しかし僕は、「覚悟」や「社会と個人」とは別の角度……「平等と愛」という観点から、この物語を解釈した。塩見と須賀原は共に「平等」を重視する人間であり、薬師寺はこれとは対照的に、「愛」を重視する人間なのだと僕は思う。
薬師寺は、「自分の娘」と「その他の人間」の価値の間に、あからさまな主観的序列を作る。この思考は差別的だともいえるが、この差別こそが愛の本質なのだとも言える。仮に「身内」を他者よりも優遇したいという感情が人間の本能的なものなのだとすれば、「愛に生きる」薬師寺が「感情的な人間」として作中で描かれていることは、とても興味深い。
一方塩見と須賀原は同じ平等主義者だが、平等を実現させるための方法論が180度違う。塩見は「皆を等しく大切に扱う」ことにより平等を実現させようとする人間であり、須賀原は「皆を等しく粗末に扱う」ことにより平等を実現させようとする人間なのだ。
須賀原にとって人間の命には「平等に価値がない」*3。だからこそ須賀原の価値観における「命の優先順位」の最大の基準は「量」という合理的なモノになる(できる)。一人の人質を犠牲にすることで、その他大勢の命を救うことができるのであれば、躊躇なく人質もろとも殺人犯を射殺するべきだということになる*4。
一方の塩見は、人の命すべてに等しく重い価値を置く。人質だけではない。多数の人間の命を奪った殺人犯の命すらも、その他の人間と同じように尊重するべきだと考える。「『守るべき命と葬るべき命の選択』してはならねぇっス!」というセリフは、その象徴だ。
しかし塩見のこの考えは、あまりにも甘い。塩見が自らの倫理からトシモンの殺害に二の足を踏む間にも、「同じように重い」ハズの命が次々に、トシモンの手によって奪われていく。塩見が「愛する」部下の命も、同じように。そしてこの塩見の甘い倫理は、最悪の事態を招くことになる。自らの部下の誤射による、人質マリアの射殺。
塩見は悩む。自らの倫理と判断は結局のところ、多数の命を奪う結果になってしまった。「人の命すべてに重い価値を置く」ゆえに殺人犯を殺すことができず、それゆえ「同じように重い」多数の一般市民や部下や人質の命が失われてしまった。「人の命すべてに重い価値を置く」塩見ゆえに、この悩みはなおさら深い。
さらに塩見は、自らの「愛」の感情との葛藤にもまた、悩まされる。雪山でトシを追い詰め、ついにふたりだけになったとき、塩見は「愛する」部下を多数殺したトシに殺意を抱き、拳銃の引き金を引く。しかし拳銃は弾切れを起こしていた。弾丸は発射されず、トシを殺すことは叶わない。
そんな塩見を見て、トシは愉快そうに笑う。「(自分と)一緒だ」と。塩見は更なる殺意を燃やし、怒りにまかせトシを殴りつける。
「『守るべき命と葬るべき命の選択』してはならねぇっス!」
そう言っていた平等主義者塩見自身もまた、命の価値に序列をつける人間だった。殺人犯よりも人質の命に、殺人犯よりも愛する部下の命に価値を置く。そんな「愛」を持った人間だった。トシに向かって沸き起こった殺意は、「愛」ゆえの殺意だった。
しかし「人の命は平等に価値がある」と考える塩見は、このことについてすらも悩む。恐らく塩見にとってこのケースでの「部下への愛」とは、「命の差別」に等しいことなのだろう。
しかしこれは、本当に「差別」なのか?合理主義者須賀原は、自殺の直前「この国のすべての人間に挑戦したい」と前置きし、こう言い放つ。
| 須賀原:「ヒューマニズムを差別せよ。その言葉の響きに酔いしれ思考を停止した者のみが殺すことをすべて悪とする」 須賀原:「人間とはあまりに不完全な度し難い生き物であるにもかかわらず、神をも恐れず懸命に守るべき命と葬るべき命を常に選択してきたのだ」 須賀原:「ならば、差別することも殺すことも、ヒューマニズムである」*5 |
「差別することも殺すことも、ヒューマニズムである」。僕はこの言葉を、「愛」と解釈した。
【「すべての人間を平等に愛する」ことの不可能性】
以上が、僕の個人的なこの物語の解釈である。僕はこの物語から、「すべての人間を平等に愛する」ことの不可能性を読み取った。そして塩見は、この不可能性に潰された人間なのだと思う。
「すべての人間を平等に愛する」ゆえに、「愛する」人間を救えないという塩見の逆説。「すべての人間を平等に愛さない」ゆえに、少数の犠牲を払い多数の人間の命を救うことを躊躇なく選択する須賀原。そして「愛する者だけを特別扱い」することにより、自分の周囲の人間だけを救おうと考える薬師寺。
差別。愛。平等。ヒューマニズム。錯綜するそれぞれの思想。
この物語では、凶悪殺人者トシモンの前に塩見の思想は全く通用せず、ことごとく「負けた」。しかし、「勝った」のはいったい誰なのか?作品ではこの件について、次のようにまとめている。
| 敗者 … 塩見純一 警部補。 勝者 … 不明。現在審議中。 |
「真説 ザ・ワールドイズ・マイン」1巻のインタビューで、作者新井英樹氏は自らの作品についてこう語っている。
「こっちとしては道徳の教科書を描いたつもりです」
僕は、まったくもってその通りだと思った。
*1 ヨダレの演出が秀逸。
*2 塩見警部補は秋田出身なので、東北なまりがある。
*3 「人の命は平等に価値がない」は、無邪気に殺人を行える性分を持つ「天然の殺人鬼」モンのセリフでもあり、須賀原とモンはこの点で同じ価値観を持つ者同士だといえる。事実須賀原は、塩見やマスコミから「それではトシモンと同じだ!」という批判を受けているが、この批判は完全に正しい。
*4 須賀原があれだけ冷静に自殺を遂げることができたのは、彼が自らの命すらも「平等に価値がない」と考えていたからだと僕は解釈している。
*5 「人権」の評判が大変悪い昨今、2000年の連載時よりも、この言葉の支持者は増えていると思う。
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