2007年4月11日 (水)

一生、シューターとして生きていきたい貴方へ

【一生、シューターとして生きていきたい貴方へ】

I love Raiden.

最近、「虫姫様ふたり」などのCAVE系弾幕STGをプレイしていると、弾を避けるのが億劫だと感じられるようになってきた。かつてはあれだけ挑戦意欲を掻き立てられた弾幕が、心の底からどうでもいいと感じられる。

なぜか?理由はハッキリしている。加齢によって衰えた僕の動体視力が、もはや弾幕の密度とスピードに追いついていけないのだ。弾幕の隙間が見えない。見えないから、弾の隙間に自機を潜り込ませようという気力が沸かない。正直、面倒臭い。

そんなこんなで最近の僕は、弾幕に囲まれた場合、運に任せて自機を弾幕に突っ込ませるという、シューターにあるまじき愚行に走ってしまう。ゲーセン狂いのこの僕がこんなプレイを披露するハメになってしまうとは、絶頂期の10年前には想像もつかなかった。老いというものは本当に恐ろしく、またある意味では本当に面白い。


こんな僕がいまゲーセンでハマっているのが、「雷電Ⅱ」(セイブ開発、1994)だ。2P側、戻り復活でプレイしている。前半の難所3面の復活も大体できるようになってきて、現在5面のヘリと、大量の戦車の壁相手に奮闘中。嗚呼、早くあのSTG史上に残る名シーン、ブラックバードとの空中戦まで到達したい。そして、心ゆくまでヤツと戯れたい。

雷電が昨今の弾幕STGと一線を画しているのは、「弾避け」をほとんど要求されないという点にある。このゲームにおける死因のほとんどは、「画面外、車庫、森などの中から不意に出現する戦車による、高速ピンポイント射撃」だ。こいつらに下手な角度から弾を撃たれると、避ける間もなくその瞬間に死亡が確定してしまう。このため「弾避け」ではなく「いかに撃たせないか」、あるいは「いかにこちらにとって都合よく撃たせるか」を考えることが、戦略上非常に重要になってくる。

この仕様は、もはや最近のSTGの弾幕に動体視力が追いついていけなくなってしまった僕のような人間にとっては、非常にありがたい。なにしろ弾を撃たれた瞬間に撃墜されてしまうのだから、「動体視力」などそもそもあっても無駄だ。求められるのは、敵の出現ポイントを覚える「暗記力」と、そのための「反復練習」。そしてそれを頭に叩き込んだ上で、効率よく敵機を破壊し、敵弾を誘導するための「戦略」。つまりは「知力」。

知力は動態視力に比べて年齢による衰えが遅いから、僕のようなおっさんシューターでも、なんとかなる場面が多い。弾幕STGが「撃たれた大量の弾を避ける」ことに重きが置かれた「受け」主体のゲームだとすれば、雷電は「いかに弾を撃たせないか」に特化した、「攻め」主体のゲームだということができるだろう。


THE ACES HIGH 雷電」(販売:アイエヌエイチ)に収録された、MOL=CKDF=ふるえんも氏による雷電Ⅱ1000万点プレイ。このプレイを観ていると、「いかに弾を撃たせないか」が、本当にパーフェクトに徹底されていることがよくわかる。その戦略のあまりの美しさに、僕は鳥肌モノの感動を覚える。

だが、このゲームの奥深さとプレイの「凄さ」は、一見さんには非常に伝わりづらいものであることも、残念ながら事実だ。

たとえば前半最大の難所、3面中盤の、油田から小島に上陸するシーン。このシーンにおける「画面下1/4地点の車庫から突然出現し、高速射撃してくるたった1台の戦車の恐ろしさ」を、僕はよく知っている。知っているからこそ、ふるえんも氏のプレイを観て、戦車処理パターンの機能性に満ちた美しさに感動することができる*1

だが、実際に雷電Ⅱをプレイしたことの無い人間には、このパターンの「美しさ」どころか、このシーンの「どこが難しいのか」すら理解できないだろう。「ふつーに左右に動いて弾撃ってるだけじゃん」と思うことだろう。それほどまでに、この「難所」は徹底的に「地味」だ。

これに対し、弾幕STGの「撃たれた大量の弾を避ける」プレイは、ギャラリーにもプレイヤーの「凄さ」が伝わり易い。ゲームの難易度も分かり易いし、なにしろ「派手」だ。

弾幕STGの神様CAVEの池田氏は、「怒首領蜂」開発インタビューにおいて「プレイヤーの凄さがギャラリーにも伝わり易いように考えて作った」と発言している。なるほど、その言葉のとおり、弾幕STGには、攻め主体のSTGにはない華やかさと分かり易さがある。

僕は、これを否定するつもりは全くない。弾幕STGの弾量は、若く、アクティビティに溢れ、身体能力に優れたプレイヤーの挑戦心を満たすのにこの上なく適した、刺激的で魅力的な、力試しの舞台となるだろう。しかし、その身体能力とパッションは、若さの特権なのだ。ひとりのシューターが弾幕STGを楽しめる人生の期間は、とても短い。

これに対して、雷電は違う。雷電は、歳をとったシューターに対しても、とても優しい。身体能力が重視される弾幕STGとは一味違った、あまりにも奥深い知能戦が、そこにはある。雷電は、エコだ。弾幕STGがパンクなら、雷電はジャズだ。弾幕STGの激しいビートについていけなくなった老齢のシューターは、雷電をプレイするのがいいだろう。いや、プレイするべきだ。

若き日に死力を尽くしたあの熱い闘い。あの闘いは、まだ終わらない。終わらせられない。貴方が「決着」が着いたと心から感じることができるその日まで、闘いはいつまででも続けることが可能なのだ。僕はこのことを、心の底から喜ばしいことだと感じる。僕はまだ、シューティングゲームをプレイし続けることができるのだ、と。


【Respect for】
連射王 上・下 (川上 稔)
STGの難度は本当にインフレしているのか?(ほのんさん)

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*1 今のところ、僕はここでボンバーを撃つ。

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